後期高齢者になっちゃったの主婦のプロフィール

信仰霊のみつめ

今日の仏教用語

以前していた利益信仰のことや先祖が拝んでいた霊などが示されて、教えられることがあります。
こうした障害的な霊が示されると「先祖と私は別なのに、霊はなぜたたってくるんだ」「うちのご先祖はなぜそんな信心をしてくれたんだ」「さっさと離れてくれないものか」と迷惑に思ったり、重荷にしがちです。

これは因縁を切って菩提向上する方向とは逆になってしまいます。そもそも過去の信仰と言っても、大乗利他の正しい信心であったら、功徳になっても障害になるはずがありません。

世間一般で「信仰」と言えば、神仏に自分の願いをかなえてもらうだけの利益信心が多いのです。叶うか、叶わないかの執着本位で、かえって煩悩を助長してしまいます。

一口に「神霊」と言ってもその霊格は様々で、悪神もあれば善神もあります。欲中心の祈りに感応して働くのは、低級霊が多く、動物的な蛇霊(じゃれい)や狐霊(これい)が「我は〇○大菩薩である」などと自称し不思議を現すことがあります。祈りの対象を見極める必要がありますね。

自らに邪心があるから邪霊に通じてしまうことを知らなければなりません。我欲を満たす祈りを重ねてきた過去の業が心癖となって、よこしまな霊を呼び込んでしまうのです。

こうした心の在り方を如実に映し出し、見えざる障害を解明し、浄めていけるのが「真如苑の接心修行」です。

真如苑の教学より抜粋

私の感想ですが、入信して20年になりましたが、なかなかそこまでわからず、接心を軽く考えていました。まだまだ理解できたとは思いませんが、もっと真剣に受けとめないといけないのです。心から納得できて実行できるようにしていきたいと思います。
こういうことを自分一人で気が付くのは、絶対に無理です。そのためには正しい信仰を見極めていかねばなりません。正当なお釈迦さまの流れをくんでいることは大切なことです。
自分の信仰の対象が、正当なものかどうかを目の前のことだけにとらわれずに確認してみましょう。

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