20年前に「真如苑」という仏教教団に入った理由は?と問われると、「お坊さんの資格が欲しかったから」と言うでしょう。小さいころから何故かわからなかったのですが、そういうものになりたかったのです。日本で僧階をいただくためには、仏教の大学を出るか、高野山や比叡山で修行するとか、そうそう通信教育でも取れるらしいですが、男性中心になるのでしょうね。費用もたくさんいります。
そんな時、真如苑は在家で僧階がいただけるとのことを聞いて、ぜったいこれ!と思いましたし、教主様の手記を読んで、ほんとに天才だと思ったからです。
20年経った今でも間違っていなかったと思っています。当然、3年以上の学びの期間がありますが、当時2万円のおてんくだけで「僧階」がいただけたのです。
そもそも、なんで選んだのかを思い出してみたら
・女性でも在家のままで僧階がいただける(つらい修行はありません、社会即道場です)
・知らない見えない世界を見ることが出来る (霊能者になればですが、そこに向けて頑張ればいい)
・死んでいく先がわかる(霊界と言われるところですが、亡くなった教主様やご家族が迎え入れてくださいます)
ですから安心なんですが、人間ですので、気分の浮き沈みは日々あります。
世の中の苦とよろこびの間より 求め得るのがまこと菩提ぞ (苑歌より)
何見てもみ法(みのり)示さぬものはなし おのが心に菩提ありなば (苑歌)
苑歌は、教主様が存命のときに作られたものです。難しい教えを簡単に覚えられるようにと。
そして、今日の気づきから、私たちが常に思わなければならないこと
①生きるということはどういうことかを考えていく 日々思惟して生活する
②大乗利他(だいじょうりた) 自分のことでなく他のためによいことをしていくこと
この2つを積み重ねていけば、たましいの中で密なるものをつかみ取ることができると、今日聞くことができました。答えは、心の中にあるのだから。


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