年の瀬って、特別何をするでもない年頃なので、久しぶりに少し離れたところに住んでいる友人と二人きりで喫茶店で3時間おしゃべりしました。
ランチもあまり選択肢がなかったのでオムライスに、ケーキも在庫がなく残念でした。でも、おしゃべりの忘年会というところでしょうか。
何を話したのかはもう定かでないですが、まぁ家族とかの近況とかですね。知らないことがいっぱい出てきて、二人だけだと深く話せてよかったなぁと思いました。
数人で会うと、話が散漫になりますね。私はやはり1対1で会うのが好きです。もっとも嫌な人とは会いませんので。
途中でちょっと、死んだらそのあとは「ある派」「ない派」の話になりましたが、みなさんはどう考えますか?私は、「ある派」です。エーテル体というのがあると思います。物理的な体は無くなっても、何かしらある気がします。
コメント
「ない派」です(^o^)ノ
死んだ人の心や魂は、生き残った人々の心の中(記憶)にあるのみで、数十億年後に地球が無くなり、生き残った人が全く居なくなれば、ただの無になると思っています。
身近な人に感謝されている事を知った状態で死ねれば、幸せな人生だったと思えるから、その為に生きればいい。という考えは利己主義でしょうか?
もちろん、私は両親に感謝して生きていますよ。それは普段ちゃんと伝えられていませんが、こっそりこの場に書いておきます。